高千穂幼稚園の沿革
高千穂幼稚園は、明治40年(1907年)創設以来115年以上の歴史を持つ地域においては最も長い歴史と伝統のある幼稚園です。
長い歴史の中では戦時の空襲による園舎の焼失・移転や直近では新型コロナウイルス感染症による生活様式の変容など幾多の苦難もありました。
しかし一貫して創設者川田鐵彌先生の教育哲学「師弟一体」と「家族主義教育」の理念を守り園児・保護者・教職員等関係者の努力により苦難を乗り越え多数の園児が巣立っております。
かつての高千穂幼稚園は学園の礎である高千穂小学校の次に新宿区大久保の地に設置されましたが、
第二次世界大戦の戦火で園舎を消失し、昭和21(1946)年に高千穂経済専門学校と共に移り、
現在の現在の杉並区大宮にて今日まで発展してきました。
創立60周年の時に制定された幼稚園歌は日本を代表する詩人谷川俊太郎の作詞、
童謡、アニメなどで有名な服部公一作曲ということからも当時の評価が想像できます。
1907年(明治40年)高千穂幼稚園 設置(新宿区大久保)
1946年(昭和21年)杉並区大宮に移転
2007年(平成19年)高千穂幼稚園 創立100周年
2009年(平成21年)新園舎完成
長い歴史の中では戦時の空襲による園舎の焼失・移転や直近では新型コロナウイルス感染症による生活様式の変容など幾多の苦難もありました。
しかし一貫して創設者川田鐵彌先生の教育哲学「師弟一体」と「家族主義教育」の理念を守り園児・保護者・教職員等関係者の努力により苦難を乗り越え多数の園児が巣立っております。
かつての高千穂幼稚園は学園の礎である高千穂小学校の次に新宿区大久保の地に設置されましたが、
第二次世界大戦の戦火で園舎を消失し、昭和21(1946)年に高千穂経済専門学校と共に移り、
現在の現在の杉並区大宮にて今日まで発展してきました。
創立60周年の時に制定された幼稚園歌は日本を代表する詩人谷川俊太郎の作詞、
童謡、アニメなどで有名な服部公一作曲ということからも当時の評価が想像できます。
高千穂学園創設者の川田鐵彌先生
年表
1903年(明治36年)高千穂学園創立(高千穂小学校開校)1907年(明治40年)高千穂幼稚園 設置(新宿区大久保)
1946年(昭和21年)杉並区大宮に移転
2007年(平成19年)高千穂幼稚園 創立100周年
2009年(平成21年)新園舎完成
